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集つてゐる青年たちの顔には、たゞ怪訝の色が浮んだだけであつた。 私はちよつと張合ぬけがした。で、重ねて、――どうだ? と返事を促すと、そのうちの一人が――それは明らかに村のインテリとおぼしい青年であつたが ――非常に皮肉な調子で、かう答へた―― 「そんなことは全然考へたことはない。そんなことより大事なことがいくらもあるからだ」 私は、これは面白いと思ひ、その大事なこととはなにかを問うてみた。すると、その青年は、もう私の話には興味をもたぬといふ風に、眼をそらしてしまつ た。 この青年の云ふ大事なことは、察するに、小作対地主の問題、農民の政治意識、封建的因襲、生産技術の幼稚さ、などを指すのだらう。私にはもちろんそれは わかつてゐた。更に、これに附け加へなければならぬとすれば、農村に於ける教養と娯楽の問題ぐらゐであらう。ところで、こんな辺鄙な村の青年たちも、この 種の問題については、ひと通り議論をするやうになつてゐるのである。従つて、さういふ点では、ともかく人の言ふことに耳を傾ける好奇心があるにも拘らず、 いつたん、その線からはなれて、「かくあるべき農村」のすがたを、農民の日常生活の面で、ひとつひとつ具体的なイメージとして想ひ描いてみるといふこと は、およそ彼等の精神の働きのうちになくなつてゐるのである。 このことが、実は、現在の農村にとつて何よりも大事なことではないかと、私は、その時もつくづく思つた。しかし、これは農村に限つたことではない。これ こそが、日本人の自負する「困苦欠乏に耐へる精神」と甚だまぎれ易い代用品として通用するものなのである。 「困苦欠乏」をいやいや忍ぶ習慣が、「困苦欠乏」を人間生活から除かうとする意慾の前に、どんな醜態をさらしたか、今度の戦争がよくそれを示してゐる。 Facebookでいいねが4000以上ある美容室
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